アフリカ大陸の十字路、そしてアフリカ最大の「穀倉」、 「石油埋蔵量」を秘める国として

基本データ

■国   名 スーダン共和国
■面   積 250万6000平方キロ
■人   口 3700万人
■首   都 ハルツーム
■公 用 語  アラビア語
■通貨単位 ディナール

スーダンの歴史


 スーダンはアフリカ大陸の北東部に位置する、同大陸最大の国(日本の約7倍)です。面積が大きいだけでなく、古来、地中海世界とアフリカ、アラブ世界とアフリカを結びつける十字路、そして懸橋としての役割を果してきました。

 かつてギリシャ人はエジプト以南の地を、「褐色の肌をもつ人々の地」を意味する“エチオピア”と名づけました。その呼称がのちにアラブ人によってアラビア語に翻訳され、“スーダン”と呼ばれました。当時のスーダンはいまのスーダンから西アフリカのセネガルに至る地域を指すものでしたが、これが時を経て現在の国名となったのです。

大河ナイルの国

 スーダンには二つのナイルが流れています。

一つは赤道直下のビクトリア湖から流れ込んでくる白ナイル、もう一つはエチオピアのタナ湖から流れ下ってくる青ナイルです。両ナイルはスーダンの首都ハルツームで合流し、大河となってエジプト国境へとその旅を続けていきます。二つのナイルをもつこと、さらに流域面積の広さからいってもスーダンこそ「ナイルの国」と呼ぶにふさわしい国でしょう。

 スーダンの自然環境も、このナイルの流れに沿って南部の沼沢・森林地域、中部の河川地域、北部の砂漠地域と移り変わり、それぞれの地に多彩な表情をもつ民族・文化が育まれてきました。

古代文明揺籃の地スーダン

 
スーダンは1956年1月に独立した若い共和国です。

  しかし、スーダンは過去に栄光の歴史をもつ国でもあります。石器時代にまで遡るスーダンの歴史は明らかではありませんが、少なくとも紀元前2000年代にスーダン帝国が隆盛繁栄し、高い文明をもっていたことは現存する多くの遺跡(ピラミッドの数は1000近く世界最多)の考古学的研究が実証するところです。

 紀元前9世紀にはナパタを中心としたクシュ王国が栄え、前750年ごろにエジプトを占領、第25王朝を樹立しました。クシュ王国は前6世紀半ば、第4急流付近のメロエに首都を移し(以降メロエ王国と称す)、エジプトの影響を脱して独自のブラックアフリカ的な文化の特性を強めていきました。

 メロエ王国の人々は定住集落をつくり、ナイル河流域の広大なサバンナを舞台に牧畜を生業とし、農業においてはミレット(雑穀)を主作物としていました。またメロエは当時世界有数の鉄の生産地であり、鉄器の輸出で厚みを加えた国際交易を経済基盤にメロエ文化が栄え、その影響はサハラ以南のアフリカに深く浸透していました。

 スーダン北部はヌビア砂漠と、そこをうねるように流れていくナイル河が生み出した、高度な文明をもつメロエ王国発祥の地であります。人々は古来、ナイルから運河を引きナツメ椰子の林や畑地を作り、生活を営んできました。

新生スーダンの誕生

その後17、18世紀までのスーダンは、相次ぐ他民族の侵入、王朝の興亡など、幾多の歴史の変遷を重ねますが、1820年になってエジプトが侵攻し、その総督の下に州自治政府ができ、州都をハルツームに定めました。
 
1881年、スーダンは宗教指導者ムハンマド・アハマド・マハディによりエジプト駐留軍を駆逐して独立しますが、1899年イギリスの将軍キッチェナーによって再征服され、英・エジプトによる共同統治協定が結ばれました。

しかしその後、1922年、エジプトが英国から独立し、さらに1952年のエジプトにおける革命を機にスーダンの自治と民族自決の機運が高まり、ついに1956年1月、スーダンは完全独立を果すのです。以来、アフリカ大陸の新しい国としてスーダンは、国家建設の道を着実に歩みつづけています。

「人」 「自然」 「文化」 「歴史」大河ナイルが育む多様性の国―SUDAN Geography

 スーダンの魅力は、地理的な立地条件や国土を南北に貫流するナイル河が育む多様性にあります。スーダンは「自然」はもとより、「人」「文化」「歴史」にいたるまで、実にさまざまな顔をもっています。

 ヌビア砂漠が広がる北部スーダンには、世界遺産に登録されている古代文明の遺跡群が点在し、人々はナイル河沿いに農耕生活を営んでいます。草原が広がる中西部スーダンは、遊牧の民の世界であり、チャド国境近くにはスーダンの最高峰ジァベルマラ山があります。山岳と紅海が広がる東部スーダンは、古くからアラビア半島につながる海の玄関口として発展してきました。サッドと呼ばれる大湿原と熱帯雨林の森が広がる南部スーダンは、野生動物や鳥たちの王国で、人々は漁労や牧畜を生業としています。.

 そして、白ナイルと青ナイルが合流する首都ハルツーム周辺は、スーダンの政治・経済の中心であり、古都オムドルマン、工業都市の北ハルツームとともに「スリー・シティー」と呼ばれています。ハルツームを訪れる人には、ぜひ青ナイル・白ナイルのスケールの大きな景観、さらには活気あふれる近代都市の表情を楽しんでもらいたいと思います。



オムドルマンの市街地からナイルを望む。
中央の建物は二レーンモスク。左手奥に
白ナイルと青ナイルの合流点がある

熱帯雨林と湿原が広がるサッド/南部ス
ーダン

首都ハルツームで合流する青ナイルと白
ナイル

世界遺産に登録されているジァベルバル
カルとその近郊の遺跡群(ピラミッド、寺
院、住居、宮殿)とメロエ王国のピラミッド

多くの学生たちが学ぶスーダンの最高学
府ハルツーム大学(左上)
シティホテルからはナイル河の絶景を.見
ることができる。   

古都オムドルマンのマハディ廟の前を行
き交う人々